仙台高等裁判所秋田支部 昭和52年(う)10号 判決 1977年6月14日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人阿部三琅提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
控訴趣意第一点(法令の解釈・適用の誤りの主張)について
所論は要するに、本件公文書毀棄罪の客体とされた交通反則切符は、その主要な意義をもつ交通事件原票につき、反則者に対する読み聞けもその署名もいまだなく、容易に再製できる段階にあり、他の各票はこれを基礎としてなりたつものであるから、取締警察官の立場を超えて組織体としての公務所の用に供された文書とはいまだいい難く、本件は公文書毀棄罪を構成しない。これを同罪に当るとした原判決はこれに影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがあるというにある。
しかし原判決挙示の各証拠によると、被告人が原判示の日時場所において赤信号を無視して交差点に進入したため、たまたま同所を通りかかった秋田県増田警察署の司法巡査藤井宣昭にこれを現認されて停車を命ぜられ、同巡査において被告人よりその携帯する運転免許証の提示を求めたうえ、所携の交通反則切符(四枚一組で、一枚目が交通反則告知書、免許証保管証、二枚目が交通事件原票、三枚目が交通反則通告書、四枚目が取締り原票とされ、各票の共通記載事項は四枚の複写式となっている)の、告知(交付)日時、告知者の所属・階級等及び氏名、反則者の氏名、生年月日、本籍、住所、職業、免許証、勤務先、反則車両、反則日時・場所、反則事項及び罰条、反則行為の種別、反則金相当額の各所定欄に複写式によりそれぞれ必要事項を記載し、誤記訂正部分及び削除部分には訂正印を押捺し、交通反則告知書、免許証保管証の告知者氏名欄の同巡査の氏名の末尾には同票の作成者として同巡査の印鑑を押捺のうえ、これら交通反則切符と未使用の同切符数組が綴じられた交通反則切符綴り一冊を被告人に手渡し、そのうちの二枚目の交通事件原票の下欄「私が上記違反したことは相違ありません。事情は次のとおりであります。氏名」とある部分に被告人の署名押捺印を求めたところ、被告人においてその場で本件交通反則切符を含む右同切符綴り一冊全部を、その中央部から表紙ごと横に引き裂いたことが認められ、以上の事実については別に争いもない。
ところで交通反則切符は、昭和四二年八月一日法律第一二六号により道路交通法の一部が改正されて交通反則通告制度が新設され、同制度実施のため同法施行令及び施行規則等が改正されたのにともない、これに準拠し交通反則事件及び交通反則金不納付事件処理のために作成された切符様式による定型的書類であって、一枚目は告知警察官が反則者に交付する交通反則告知書、免許証保管証であり、二枚目は告知警察官が警察本部長へ交通反則事件を報告する交通事件原票で、同票末尾にはその報告書の内容を引用し反則者の署名押印を受けて完成する反則者の供述書部分が付加され、同票は反則者が反則金を納付しないとき、同事件の刑事処分手続において証拠書類とされるもの、三枚目は警察本部長が反則者に対し反則金の納付を通告する交通反則通告書、四枚目は行政処分及びその他交通取締り上の参考に供する取締り原票であるところ、すでに認定のとおり本件交通反則切符のうち、一枚目の交通反則告知書、免許証保管証はすでに全内容が記載されて作成者の署名押印を終った完成した文書であり、二枚目の交通事件原票のうち、反則者の供述書部分は、報告書の記載内容を引用すべき反則者の供述部分に前示の文字が印刷されているだけで供述者の署名押印がなされていないため、その部分はいまだ何ら作成されていないことに帰するが、報告書自体は所要事項が殆んど記載され、あとは作成者藤井巡査が署名押印すれば完成する文書であり、三枚目の交通反則通告書は秋田県警察本部長が作成名義人となるもので、本件当時その署名押印のないことは当然ながら反則者にこれを告知した警察官が警察本部長に送付すべき内部的な文書としては完成し、四枚目の取締り原票も告知警察官が所要事項を記載のうえ秋田県公安委員会に送付すべき書面としてすでに内部的には完成された文書と解される。
そうとすれば、本件交通反則切符一組は公務員がその権限にもとづいて作成した公務所の使用保管にかかる文書であることは明らかであり、その一部が未完成であるからといってその公用文書としての性質を否定すべきいわれはない。原判決に所論の如き誤りはなく、論旨は理由がない。
控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について
記録を調査するに、被告人は昭和四九年七月三〇日脅迫、住居侵入の罪により懲役一年、三年間保護観察付執行猶予の判決言渡しを受け、現にその猶予期間中であるところ、同事件は警察署の捜査に不満を抱き担当警察官の家族らに対し脅迫行為に及んだ事犯であるのに、本件においても、信号無視を現認されるや制服着用の警察官に暴言をはいて殴りかかり、その作成した交通反則切符を引き裂くなどの所為に及んだものであってその犯行態様は悪質といわざるを得ない。被告人においてその後本件犯行を反省していることやその年令など各般の事情を考慮しても原判決の量刑が重きに過ぎ不当であるとは認められない。本論旨も理由がない。
よって刑訴法三九六条にしたがい本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野口喜藏 裁判官 吉本俊雄 西村尤克)